引きこもり・コミュ障

子供にとっての家庭という居場所。

どーもどーも、しょーたろー(@syotaro_blog)です。

 

皆さんには今いくつの自分の居場所がありますか?

・学校や職場

・よく遊びにいく友達グループ

・よく飲みに行く居酒屋さん

・山や海などの自然

・自分の家庭…etc

上に書いた以外でも皆さんそれぞれの「居場所」というものがあると思います。

 

今日はそんな居場所について、さらに子供さんにとっての居場所について少しお話していこうと思います。

それぞれの持つ居場所の意味。

普段から意識していないかもしれないことですが、それぞれの居場所の意味というのは自分の中で違うと思います。

 

例えば職場なら、ただただストレスを感じる人もいれば、とてもやりがいや充実感を得られる場所という人もいると思います。

その居場所に属している人数の数だけ、居場所の意味合いは変わってくると思います。

これは皆さんにもすぐにご理解いただける部分だと思います!

 

でもこれはその居場所にどんな意味を求めているかによって変わると思うんです。

 

というのも職場なら、ただただ生きるためのお金を稼ぐ場所という捉え方の人もいれば、お金は関係なくやりがいをとても感じられるからそこに属している人。

これは同じ居場所に属していながら全くその居場所に求めているものが違いますよね?

 

その人がそこに属している意味が、その居場所に求めている意味だと僕は思うわけです。

 

生活費を稼ぎたいから生活費を稼げる職場を求めていて、自分のやりたいことを叶えたいなら自分のやりたいことができる職場を求めているということです。

ちょっと哲学的かもしれませんが、僕はそういう風に捉えています。

・だからそれぞれの持つ居場所の意味というのは、あなた自身が求めていることなわけです。

ですが居場所と言ってもたくさんあって、上記に限らない場合もあります。

学校という簡単には変えられない居場所。

先ほどお話の例に挙げさせていただいた、職場という居場所については正直自分の求める意味とそぐわないなと思ったらいつでも変更がきく居場所だと思います。

経済的状況などもあるので、簡単に変えられないよ!と言われるかもしれませんが、僕は意思さえあれば変えられる場所だと思っています。

 

ですがそう簡単に変えられない、もしくは自分の意思では変更の効かない居場所というのがあります。

 

それが「学校」」です。

 

この二つは変えることは難しいし、そもそもなかなか変えるという概念がないかもしれません。

 

まず学校という場所は、学校というのは基本的に子供さんが通うものです。

そして子供はみんな、行くのが当たり前だから行かなければならない。

というのが始まりだと思います。

 

学校に通うという行為にそもそも疑問なんて最初は感じてないと思います。

 

でも通っていくにつれて、勉強が楽しいとか友達に会えるのが楽しいとかいろんな意味を生み出していって、それを求めて学校に通っていくと思います。

 

でもその限りではない子供たちもたくさんいます。

 

僕自身中学時代からそうでした。

勉強自体好きじゃなかったし、運動も得意なわけでもない、それに人と話すのが怖くなっていたので行きたくないという気持ちしかなかったですw

 

でも学校に行かないなんていう選択肢は僕にはなくって、できなくって。

ましてや学校という居場所を変えようなんていう発想は到底なかったです。

 

行くのが当たり前だし、親の仕事の都合で転勤とかならない限り、通う学校を変えるなんてできないものだとしか思っていませんでした。

でもそもそもこれがおかしいなと最近は思います。

職場で嫌な上司がいたり、嫌な先輩がいたりしたらそれが原因で転職する人だって少なくないわけですよ。

1人本当に合わない人がいたらそれだけで、その居場所ってとても居心地が悪くなるから居場所を変えることができるわけです。

 

でもそれが「子供」になるだけで変える選択肢すらなくなるわけです。

 

学校という選択肢は1つしかないわけではないけど、子供だけの意思では変更が効かないものです。

まず親の経済的状況によってもできるかどうか変わるし、親が世間体を気にして協力的になってくれない可能性だってあるわけです。

 

子供は親の一存によって居場所が決められてしまうといっても過言ではないわけですよ。

 

そんな子供にとって変えの効かない居場所が、とてもとても辛い居場所になってしまった時。

子供が助けを求めたり、逃げ込める居場所って1つしかないんですよね。

子供にとっての家庭という居場所の力。

子供にとっては「学校」と「家庭」という2つの居場所しかないわけです。

 

そんな子供さんにとって学校という居場所が、生きづらい場所になってしまった時に逃げ込めるのは家庭しかないんですよね。

僕は中学3年生の頃から他人の視線を気にするようになってからは、学校はただただ苦しい場所でした。

それでも家庭に帰れば迷惑をかけたくないと、僕はいつも通り明るく振舞っていました。

それは親が意図的にそうしたわけではないですが、僕にとって家庭というのは迷惑をかけてはいけない場所になってしまっていたんです。

しょーたろーは長男だから、しっかりしてるからとよく言われて育ってきました。

そうやって言われて嬉しかったけど、その反面で僕はしっかりしてるから迷惑をかけてはいけないんだとも思ってしまっていたんです。

 

意図的ではないのは分かっているのですが、僕は家庭という居場所では助けを求めることができませんでした。

こうなってしまった時点で15歳の僕にとって2つしかない居場所の両方が、自分らしくいられないし生きづらい場所になってしまいました。

 

今でこそ楽しく生きているので、特に問題ないのですがこの時に家庭という居場所が自分にとってもっと違う場所ならと思うことはあります。

 

だからこうしてお話しているのもあります。

僕には沢山沢山もっとこうしておけば良かったなと思えることがあります。

学生時代に友達と買い食いしながらチャリ漕いだり、学生服でデートしてみたかったなぁとかw

だからこれをもし悩んでいるお子さんを持つ親御さんが読んでくれているなら、家庭というお子さんにとっての大きな大きな居場所のあり方や意味や、持つ力をもっと考えて欲しいなって思います。

今のあなたはダメだとかそんなことは全く思わないし、これを読んでくれている時点でお子さんの為にと行動してくれている素晴らしい親御さんだなと心から思います。

 

でも今まで良かれと思って褒めてきた言葉が、お子さんの人格を作り上げてしまって頼れずにいたり、SOSを発しづらい居場所なのかな?と少し確認していただければ嬉しいです。

最後に。

お子さんにとって大きな2つの居場所の学校が、生きづらい場所になった時、家庭という居場所が生きやすい場所であることがどれだけ救いなのか。

家庭という居場所の持つ力を再確認していただけると嬉しいなと思います。

不登校のお子さんの親御さんのTwitterを見ていると、僕なんかではなかなかかける言葉が見つからない時があります。

 

ですが本当に素晴らしい親御さんばかりでいつも心を打たれます。

 

同時に僕は昔の自分と同じような人に向けてブログを始めたのですが、自分の無力さや発信力の無さや、経験値不足ゆえにどんな言葉をかけたらいいのか分からなかったり。。。

でも僕が発信することは誰かの役には立てる自信があるから発信しているわけです。

少しでも力をもらえたり、役に立ったなと思っていただけたら、同じような悩みの方に拡散していただいたり、伝えてくれるととても嬉しいです。

どーぞ宜しくお願い致します。

・お子さんが学校に何を求めているのか。

・お子さんにとっては居場所は2つしかないこと。

・家庭という居場所のあり方。