引きこもり・コミュ障

僕はある日、生きるという選択をした。

僕は昔ずっと死のうとしていた時がありました。

毎日死ぬことしか考えられなくて、毎日毎日止んでました。
そして何度か自殺を試みました。

でも僕は今も生きています。

 

僕は死のうとした日に、生きるという選択をしました。

僕が死のうと思った場所。

中学で外見でイジられ、人間不信になり。
高校は人の視線に怯え、コミュ障になり。
就職するも誰とも馴染めず怖くなり、逃げ出して。

そのあと僕は引きこもりになりました。

それからの僕は毎日毎日、病んでいて、死ぬことばかりを考えていました。

 

生きていても意味がないなと思っていたので、ある日死ぬことにしました。

ここが僕の選んだ死に場所でした。

 

死ぬ場所に選んだのは、山の中にある高速道路の上の橋でした。
なんでそこ選んだかって言われたら、良くわかりませんがそこから飛び降りようと思ってました。

自殺する場所や方法によって、何かその人が残したいメッセージがあるとか言いますが僕は何か伝えたかったのかすら分かりません。

たまたま選んだ場所ですが、今思えば一番仲の良かった友達の家に行く途中の道でした。

寂しかったのかもしれないですね。

死ぬって、とんでもなく怖い。

当たり前かもしれませんが、死ぬって自分が分かった時。
尋常じゃない恐怖が体を襲ってきました。

あと一歩踏み出せば、僕は死ぬ。
これで楽になれるんだ。

そう思う反面、どうしてもあと一歩が出ませんでした。

 

僕には死ぬ勇気すらありませんでした。

 

怖くて足がすくんで、結局死ねなくて。
そんな自分が情けなくて、深夜の山の中で泣きまくって。

ビルの屋上から飛び降りたり、電車に飛び込んで自殺したり。
ニュースでは聞いたことあったけど、あの人たちの勇気はすごいものなんだと。
とてもじゃないけど、俺にはできないと思いました。

 

その反面、こんな怖いことが出来てしまうってどれだけ追い込まれていたんだろう。
僕には計り知れない、絶望や悲しみがあったのかな。

と、その人の気持ちを考えると、今でも胸がはち切れそうです。

生きるという選択をした。

自ら命を絶つ。
という選択が出来なかった僕は同時に、「生きる」という選択をしたことになります。

死ねなかっただけじゃん、って思われるかもしれませんが、死ねないってことは生きなきゃいけないんだなって、後で思いました。

死ねなかった当時は、その情けなさにまた絶望して深い闇に心を閉ざしていました。

あのどん底の闇は今考えても恐ろしいくらい、深い深い場所でした。

 

でも死ねなかったから、生きるって選んだから今があります。
それには本当に感謝してるし、死ななくて良かったなって思えます。

 

今思えば、僕の人生において最大のターニングポイントだったんじゃないかな。

生きるか、死ぬか。

そんな選択を取ることなんて、そうそうないと思うし、僕のこれからの人生でも恐らくないと思います。

悩んでいるなら一度真剣に、死と向き合え

僕、私、何て生きている意味がないから。
死んだほうがマシだから。

本気でそう思ってるなら、一度「死」について考えてみてほしい。

人の生き死にについて、真剣に考える機会なんてそうそうないから、貴重な経験だと思う。

 

もしそれでも自分がいらない存在だ、死んだ方が楽だと思うならやってみるといい。
もちろん俺は死ねなんて言ってるわけじゃないし、死んでほしくない。

他人の人生は簡単に変えられるものじゃない。
でもこの記事でも話したけど、俺がどれだけ説得したところで他人の人生って簡単には変えられない。

ましてや生きるか、死ぬか。

誰かに説得されてどうこうなるもんじゃない。

 

だから一度真剣に向き合ってみたらいい。
そしたら見えてくるものがあるかもしれないから。