引きこもり・コミュ障

引きこもりの将来?現在?考えるのはどっち?

人間不信、対人恐怖症で引きこもりを経験もある、元引きこもりブロガーのしょーたろー(@syotaro_blog)です。

 

引きこもりの子供を持つ親御さんは、引きこもりだから将来どうしよう?って心配しちゃいますよね?それは当たり前のことだし、全然悪いことでもありません。

でも引きこもってる当事者の子供さんたちにとっては、どうでしょうか?

 

先日僕のこちらのツイートが少しだけバズりました。

やっぱり親御さんがお子さんの視点にたって、一つの言葉や、一つの行動について考えるのってなかなか難しいんだなと、バズって思いました。

今回はこのツイートを深堀して話していきたいと思います。

引きこもりの将来を考えるのはなぜか?

そもそも何で引きこもりの子供さんの将来について考えるのか、という僕は親が先に死ぬからだと思っています。

 

よくTVなんかで言われますよね。

引きこもりの子供が50歳になって、親が死んでしまって子供は50過ぎてるし、今更働く場所もなくてどうしようもなくなることがあると。

 

どれだけ愛していて助けてあげても、結局は親の方が先に死んでしまうのでそのあとは助けられない。だから将来の心配をするんですよね。

 

じゃあその親が死んでしまって助けられなくなるのって、具体的に何年後のことですかね?

明日?10年後?50年後?

事故や急病でなくなる可能性は考えても絶対に分からないので考えないとしたら、少なくとも30年ぐらいは後の話ですよね?

 

そんな先の話、あなたは考えられますか?

そんな考えても想像もつかないような世界の話を、心が不安定なお子さんにして何か意味がありますかね?心を追い込むだけですよね。

近い未来と実現可能な未来だけを想像する。

10年も30年もあとの話じゃなくって、今日の夜や、明日のこと、明後日のことを考えるのが一番いいです。

想像できるくらい先の未来の話なら、見えないものを見ようとしてない分心を不安にさせたり、不安定にさせることも少ないと思います。

 

さらにそれが実現可能な範囲の話だと、なおいいです。

 

さっきのツイートにも書いてましたが「明日、散歩しよう」なんていうのは、めちゃくちゃいいです。

簡単に想像ができるし、十分に実現可能だし、運動できるし、少しでも外に出れるし、得られる達成感も大きいと思います。

ワクワクすることを覚える。

実現可能で、想像のしやすい未来ならワクワクも起こせます。

散歩ならワクワクしないなら、明日一緒にゲーム買いに行こうでもいいし、明日はハンバーグだよ!でも全然いいです。

 

少しでも明日に楽しみ、ワクワクがあれば今生きていることに喜びを感じられますよね。

生きていることに喜べる、喜べなくても死にたいなどの否定的な感情から一時的にでも逃れるってすごく大事なこと。

 

僕は引きこもってる時は毎日死にたいしか、頭になかったし、生きていることに意味なんてないって本気で思ってましたからねw

そんな状態だと前を向いて生きることもどんどん難しくなりますからね。

将来を考えさせる言葉はいじめと同じ。

将来どうするの?お母さんが死ぬまで引きこもってるの?って優しさや心配から声をかけているつもりでも、一生懸命生きる事と向き合っているお子さんにとっては、心を抉るような言葉かもしれません。

 

人が怖い、信じられない、外が怖い。

いろんな恐怖や葛藤と戦いながら、一旦逃げて心を休める選択肢をとったのに家の中でまで心を追い込むのは良くないです。

 

いじめた方はそんなつもりはなくても、いじめられた方は一生背負っていく傷と同じようなものです。

心配したつもりのその一言で、自分の愛する人を傷つけているかもしれませんよ。

毎日にワクワクできることを!

明日カレーライスにしよう!とか、明日一緒にゲームしよう!とか今なら明日も一緒にこのユーチューバーの動画見ようよ!とかでもいいと思います。

 

ちょっと回復したように見えても、心は傷ついたままで不安定な状態の子が多いと思います。

元気になってきたからってすぐに遠い未来の話をするんじゃなくて、近い未来をワクワクさせてあげれたら一番いいですね!

 

その延長に遠い未来の話をしましょう。

ではまた。